2015年08月15日

誰かさんとは言葉の重みが全く違う天皇陛下の一言

天皇陛下、戦没者追悼式「お言葉」で「深い反省」表明 安倍談話より踏み込む
J-CASTニュース / 2015年8月15日 13時30分
http://news.infoseek.co.jp/article/20150815jcast20152242763/

昨日の安倍総理に続いての、天皇陛下の追悼を、J-CASTニュースが分析している。安倍総理もそれなりに配慮し日本の置かれた立場に鑑みて、言い回しに工夫して平和と繁栄を訴えているのだが、陛下のお言葉と違って、なぜか心に響いてこない。

その原因は、分かっている。本心ではないからだ。

安倍総理の懇切丁重な談話は、自身の気持ちとは違うのだという「ウラ」が感じられる。だから、「総理のワタクシが」が口癖でありながら、70年談話には、そのセリフが出てこない。巧妙に言い回して逃げているから、ウソ臭く、かつ、重みが無い。

政治家は本音を言わない。
語れば語るほど、ウソが透けて見えてしまう。


しかし、陛下のお言葉からは、ストレートに心情が伝わってくる。天皇家という国の象徴として生まれた、いわば国父としての責任感がひしひしと伝わってくる。

安倍総理にしても日本を動かしてきた名門一族かもしれないが、器の違いは大きすぎる。彼の政策に対する是非は別にしても、政治家は、裸でぶつかる覚悟も時には必要であろう。

posted by 中庸 at 17:58| 沖縄 ☁ | TrackBack(0) | 考えさせられる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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