2015年09月26日

予防医学による検診は、本当に信用できるのか

先に逝くのは私だと思った…というブログから引用
http://hinekurekuumin.blog.fc2.com/blog-entry-809.html

北斗さんは毎年乳がん検診を受けていたと言うが、検診では見つからなかった。検診は無駄なのか?くみんは無駄だと思う。他の癌友も、自分で見つけた人が大半で、検診で見つかったと言う人は知っている限りでは一人だ。



昔おつきあいのあった脳外科のお医者さんいわく「検診は無駄。悪くなったら医者にかかればいい」。だからオイラは、検診に行っていない。どっか調子が悪いなぁと思ったら、信頼している内科の主治医のもとに行く。

といっても会社員時代は毎年人間ドックに行かされた。ある年、職場の女子全員、マンモグラフィを受けた。総勢5名だ。うち4名に、再検査通知が来た。オイラもだ。

ハラハラドキドキ。検査を受けた病院とは別の、乳がん治療で名高い名医の予約を取った。一か月先であった。その日まで、万一の場合はこーしてあーしてと、ある程度覚悟も出来た。

そして再検査当日。名医は言った。「大丈夫ですね。ガンじゃありませんよ。こういう人多いんです。」

他の3名もそれぞれに再検査を受けており、みんな、異常なしであった。

あの検査は、いったいなんだったのか。人を不安にさせただけではないのか。気の弱い人ならば、そのことだけで体調を崩してしまうだろう。しかも、北斗さんのケースで分かるように、検診は役に立っていない。無駄な金がかかるだけである。予防治療という名目の大きな利権ではないのか。

再検査の必要あり、というセリフは、人を脅す威力がある。再検査の結果、OKだとしても言われた人は怒らない。「良かったね」という安心を受け取ったからである。しかも医療施設は、ありがとうと礼を言われたうえに金が入る。素晴らしいビジネスではないか。

昨年、友人が死んだ。ガンだった。直腸がんを手術したものの手遅れで、がん細胞はリンパ節に入り込み、身体中を巡った。東京まで行って、ありとあらゆる治療を受けたにもかかわらず1年後、あっけなく逝ってしまった。

彼は神経質だった。会社の経営者でもあったので、毎年家族で徹底的な、つまりは高額なプレミアム人間ドッグというやつを行っていた。その結果、健康に問題なしの太鼓判をもらい、半年もしないうちに「なんだか変な感じがして」受診したら、手遅れの直腸がんだった。55歳だった。

ガンは、異物であって異物ではない。

自身の免疫機能が低下することによって自己の一細胞がガン化するならば、気力・体力を失わず、自己管理するしか方法がないではないか。あとは。運というしかない。

昔のことだが、N氏がガンとなり臥せっているときに、「がんばれよ」と見舞いに来たのが取引先のK氏。翌日お礼をとN氏の妻がK氏宅に電話したら、K氏は「昨夜、就寝中に突然死した」とのことで、てんやわんやであった。臥せっていたN氏が亡くなったのは、それから1年後であった。

所詮、諸行無常……。




posted by 中庸 at 16:28| 沖縄 ☁ | TrackBack(0) | 考えさせられる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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