2014年10月09日

政府が不要になる時代

国境をやすやすと超えていくIT企業の多くは、国家や政府と利害が一致することはない。互いに、相反する存在なのだ。

国家とは、人間に例えれば心臓のようなものだ。一方ネットワークを担うIT企業は、身体の隅々の毛細血管に血液を循環させる血管であろうか。

人間は、心臓が壊れれば即死する。血管は、一撃必殺となる場合もあるが、動脈硬化や高血圧により、じわじわと身体をむしばんでいく。

すなわち緊急性が高いのは、心臓、ということ。

ところがネットワークは、いまや人の暮らしのあらゆる部分とかかわっている。デジタルデバイドが人の生死を左右する世の中だ。政府機能よりも社会のネットワークのほうが大事なのだ。

さらにITが進展すれば、人は、政府にかかわらなくとも生きていけるようになる。ドロップアウトしたホームレスたちのように。

政府は、医療、教育、食料、年金など、人の暮らしを保障する見返りに、人から税金を取り国を経営しているが、ITネットワークの進化により、多くの部分を企業が請け負う形になってきた。

今の時代、政府は、本当に必要なのだろうか。

国民の代表を選ぶという名目の選挙システムも、投票率の低さ、不確かさを思えば、全国民の意見をデータとして吸い上げるネット投票に移行すべきだろう。とはいえ、それを恐れているのは既得権益を話したくない政治家たちだろうが…。

近い将来、IT企業が政府や国家に取って替る可能性は高いのではないか。SFどころか現実に起こりつつあるのではないだろうか。まして、財政破たんでもしようものなら、政府の存在価値はゼロになる。

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2014年09月26日

韓国と沖縄には無反省文化という共通点がある

思うに、沖縄は、都合の悪いことには触れないようにしている。見ないようにしている。無かったことのようにふるまっている。

それでうまくいくなら万事OKなのだが、マイナスに働くことだってある。

沖縄が好きだから、あえて言うのだが、客観的に沖縄を眺めた場合、驚くほど、韓国と似ていることに気づく。

両国ともに、独自王朝を維持してきた民族としてのプライドがありながら、日本に「してやられた」経験を持つ。国がやられるということは、国家消滅だけでなく民族の存亡につながりかねない。言語すらも失いかけるような目にあった民族が、民族としてのコミュニティを維持していくためには、民族独自の文化と、歴史と、価値観を強くアピールすることが求められる。じゃないと、民族そのものが消えていく。

こうした仕組みによって、韓国、沖縄共に、非常に強固なアイデンティティを維持して今に至る。

民族消滅の危機はなぜ起きたのか。日本のせいだ。

すべて日本が悪い。日本に責任がある。我々は被害者だ。だから、我々は何もしなくていいのだ。日本がやるべきだ。日本は、我々の面倒を見る責任がある。


日本は悪で、韓国は善、沖縄も善となる。正義はすべて、我々にあるのだと。

正義である我々は、自らを変える必要は無い。何しろ悪くないのだ、反省する必要も無いのだ。日本がすべて悪いんだから、日本にやらせばよいのだ。

こうした教育の結果が、反省しない民族性につながっていく。
(何で反省する必要がある? 悪いのはあいつらだぞ)

何かが起きる。それは、事件でも事故でもいい、社会的なトラブルでも何でもいい。子供の夜間徘徊だろうが、出来ちゃった婚だろうが、男が働かないことだろうが、それこそ、何でもいい。

要は、不都合が起きた時の対処の仕方だ。たとえば下記のケースにおいて、
当初、どういわれていたかといえば、

先のセマウル号沈没事件、誰が悪いのか。韓国は改善に取り組んでいるのか。
実際は、しっちゃかめっちゃかである。みんなが言い逃れに終始している。
なにしろそれは日本の中古船が悪いのだ。韓国は悪くないのだ。

あるいは韓国の国宝第1号の「南大門」。修復作業で「手抜き」発覚後、
二度と発生しないための対策は取られたのか。大臣更迭だけではないか。
なにしろ、それは日本の材料が悪いのだ。韓国は悪くないのだ。

この結果、失敗⇒反省⇒努力⇒向上⇒成功 の図式が
生まれにくくなる。実は沖縄でも似たような出来事がある。

誰かが飲酒運転で事故を起こして大怪我をしてしまった。
それは大変、うーとーとー(先祖供養)しなかったからだ。
当人は悪くない。だから、反省しなくてもよいのだ。

極端に言ってしまうと、そうなる。

やられた記憶を持つ文化は、悪いことは全て、自分のせいではなく、
誰かのせいにできてしまう仕組みが構築されていく。

一方、やってしまった責めを負わされる国はどうなるかといえば、
それらの国や民族にののしられないよう、金の力で抑え込もうとする。
あるいは、より注意深く、要領よく、結果、サービスの質も向上する。

このように、一つの地域の文化や風習を眺めているだけでも、歴史が、色んな作用を及ぼすことに気づく。そのため、素人考えながらも韓国と沖縄の共通点は、日本にやられた点から派生しているようにも思うのだ。

さて、こういうことを書くと、悪くないのに悪く言うなと、たいてい攻撃される。高い文化力・知力を持っているにもかかわらず「なぜ、そう思われてしまうのだろう」と自己を振り返って考察してみる行動になかなか至らないのが残念だ。
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2014年09月12日

人口減少時代を生きる

「まち・ひと・しごと創生本部」の初会合が9月12日、首相官邸で行われた。

参考記事はこちら
人口減少克服へ「異次元の政策」=創生本部が基本方針−政府

人口急減により、国内約5割の自治体が消滅するという。人が減れば消滅していくのは当たり前。別に、それでいいじゃないか、誰が困るというのだ。

かつて、興隆を極めた栃木県の足尾に行ったことがある。鉱山景気で数万人が暮らしたまちは、閉山と鉱毒タレ流しの公害、そして人口激減。人の数より、シカ、サル、イノシシの天国となっており、当時からすでに「10年もしないで滅びるだろう」と言われた通りになり、いまでは日光市の一部となっている。

足尾町とは

昔から繰り返してきた栄枯盛衰。足尾はその結果に過ぎない。

規模こそ大きいが、日本全土で同じことが起きているだけのこと。

足尾は最盛期の人口が38000人であった。
町村合併される時は、わずか3000人だ。

38000人⇒3000人

若者は仕事を求めて村を出ていく。出ていけないのは、人ではなく自治体という組織だ。税収入が減り、職員も減り、予算も減る。結果、自治体は消滅する。

そうした地方に、新しい人を入れようと政府は言う。どうやって、どこから、新しい人を連れてくるのだ。どこもかしこも人が居なくなっていくというのに。

既存の価値観で考えたら海外から移住してもらうしか方法はない。手っ取り早いのは、人口をたくさん抱える中国からであろうか。

とはいえ中国人だって、なんらかのメリットがない限り、下り坂の地方にはやってこない。

人口減少時代を乗り切るならば、人を、一極集中させるしか方法はない。拡がってしまった居住圏を縮小させ、金のかからないインフラに切り替えていく。

1億の人口が5千万人になるならば、5千万人の器に応じたライフスタイルに作りかえる必要がある。

その結果、心地よい、自然豊かな居住環境が生まれ、我々の暮らしは現在の価値とは別の意味で豊かになる。それは経済至上主義ではないだろう。人類の次なるステージにつながるかもしれない。

荒れる地球環境。自然界からのしっぺ返し。
これらを軌道修正するチャンスでもある。

我々は政府をあてにしすぎている。病気になったら面倒を見てもらいたい、年を取ったら介護してもらいたい、年金は少しでも多く欲しい、でも、国民の義務は果たしたくない。

人も所詮、自然の一部。時という流れの中で、死にゆくだけ。行き倒れだろうが、丁重に看取られようがどうでもよいことではないか。今日を精一杯生き抜くことで、よりよく死んでいく。ただそれだけだ。

町や村が消えていくのも、そうした流れの中では、ごく自然なことである。
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2014年09月01日

取るに足りないヘイトな嫌韓デモ

仏フィガロ紙記者、在日フランス商工会議所機関誌フランス・ジャポン・エコー編集長などを務めるレジス・アルノーさんが、嫌韓デモの行われている新大久保を取材した記事を書いている。

嫌韓デモの数百人の参加者は自らを愛国者だと考えているのだろうが、実際は日本の力をそいでいるに等しい。憎しみをまき散らすデモ隊の存在を許すのは日本の恥だ。
というアルノーさんだったが、実際の現場を見て、日本の民主主義が健全に機能しているシーンに感動を覚えたらしい。

私は不安を胸に家を出たと書いたが、帰宅したとき、私の心は喜びに満ちていた。在日の人々は決して嫌韓デモの挑発に乗らない。だからこそ約2500人の日本人が彼らを守るために自発的に集まり、嫌韓デモに反対するデモを行っている。また、警察は嫌韓デモ隊が新大久保の中心部に入ることを許さなかった。彼らは自らの任務を果たし、私にはジャーナリストの仕事をすることを許した。
くわしくこちら
http://www.newsweekjapan.jp/column/tokyoeye/2013/08/post-715.php

人のバックボーンはいろいろだ。日本人だろうが韓国人だろうが、ステレオタイプに落とし込むべきではない。人の出自を差別の対象にすることは、自らの浅はかさの証明に過ぎない。

かつて日本人は、「関東大震災」時のデマに乗って、罪のない人々(朝鮮人)を虐殺した。国としても非常に恥ずかしい事件であった。温故知新。日本人は、決して、このことを忘れてはいけない。

ヘイトデモに価値を見出す人々には、人間の醜さしか感じない。彼らは、表現の自由を盾にとり他者の尊厳を貶めることに、本当に、意義を感じているのだろうか。自らの人生の精神的貧しさの穴埋めではないのか。

ヘイトデモだけでなく、職場や学校、近隣の付き合いなど暮らしの場において、他者を悪しざまに言い、欠点ばかりを見て文句を言う人たちは、ある程度の割合で存在する。しかし、間違いなく、そのような人には人間的魅力が無い。

貧しかろうが裕福だろうが、自身の生き方に満足し、一生懸命努力している人は、他者を貶めない。
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2014年08月25日

土地の包容力を超えると災いが起きる

もしかしたら、被害にあわれた方の多くは、その土地の成り立ちを知らなかったのではないか。

新興住宅地というものは、新住民と旧住民の交流が薄く、情報もいきわたらないものだ。

かつて、その土地はどういう形状だったのか。
どういう土質で、大雨のときはどうなっていたのか。
過去、どんな自然災害が発生していたのか。

本来、土地を買う時、家を建てる時、建売を購入する時にしても、天気の良い日に行くのではなく、雨が降った日も確認し、平日と休日の違い、日中と夜間の環境変化など、様々な角度で検証すべきである。


慎重を期する人ならば、周辺に住む昔ながらの住人に話をきくはず。いったん、環境が壊れると人生取り返しがつかなくなるのだから、慎重すぎて損することない。

しかし、後から環境が悪くなってしまう場合も多い。オイラ自身、正直、危惧することが一つある。住む予定の地域は、周辺の高い地域に雑木林を抱えていたのだが再開発の名目で道路が作られ、土地が開発され、街になった。アパート、マンションがどんどん作られ、ファーストフード店、スーパーマーケット、コンビニ、銀行、郵便局などが林立する場所となった。これにより、雨水が染み込む土が、見えなくなった。

高い土地が街となり、全部コンクリートで埋められたということは、大雨になればそこに降った雨は低い土地になだれ込んでくる。土地の保水能力を超えるのは確実だ。

以前にも、別の地域で同じケースによる床上浸水の経験がある。沖縄はどんどん開発が進んでおり、街から、土が無くなっている。自然災害に強い島とはいえ、自然の包容力を超える開発は、島に災いを招く。


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2014年08月21日

日本の体質が子どものいじめ自殺を煽る

学校には、苛める子供と、苛められる子供と、あとは体制になびく子供たちが居て、大人社会と何ら変わらないんだけど、大人社会と違うのは、保護する存在があるってこと。親である。

親は、子供をしっかりと見守っていかなければならない。万が一子供が、苛められていることを隠していたとしても、その変化を見破る力を持っていてほしい。

そして万一、我が子が苛めにあっている証言なりが取れたら、学校から子供を奪い返そう。「義務教育だから」「将来損をするから」学校に行かなきゃならないなんて思い込むほうがおかしいのさ。

対処できない学校なんか捨ててればよい。通販教育、フリースクール、山村留学、子供がのびのびと成長できる場が、今の日本にはたくさんあるのだ。金があれば、思い切って海外留学もよい。知人の子供は、中学生になってイギリス留学させたら、引っ込み思案から、活き活き活発な子供になって戻ってきたさ。


実際、我が家も小学生1年の時「ご飯を食べるのが遅いから、他の子に迷惑をかける。なんとかしてくれ」と担任に文句を言われた時は、こっちが切れてしまって「迷惑でしょうから、明日からは行かせません」と反論したこともあるさ。本気で「学校なんか行かなくてもいい」と思った出来事だった。あまりにもしょうもないことで先生がクレームをつけてくるのだ。

遅いから迷惑。ではなくて、早い子、遅い子、それぞれ違うのだから、たかが小学生に連帯責任を負わせるやり方が気に入らなかったわけです、はい。最後の子供が食べ終わるまで、クラス全員が待つ、そのために、昼休みが無くなる、というやり方だったわけさ。一人っ子でどんくさい子は、他の子に睨まれてますます焦るというわけ。

行き過ぎた介入によるモンスターペアレント化は子どもたちの健全な発育の妨害者でダメだと思うけど、1人の行動に全体責任をおわすやり方は良くないさ。要領が悪い子供はどうしてもはみ出てしまい、結果、苛めの対象になりがちなのだ。

こうした姿勢が、苛めによる自殺を煽る体質となっているのではないかと、思っとります、はい。
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2014年08月18日

日常化する自然災害

毎年のように繰り返される台風や豪雨、竜巻などによる自然災害。

自然界の反乱はもはや特別なことではなくて、日常の一部となってきた。災害による家屋倒壊や床上浸水などの被害を受けた地域や人は、いまやロシアンルーレットの当りであり「運が悪かった」人たち扱いされている。

自分の家でなくて良かったね。
うちの村でなくて良かったね。

さて、沖縄に居て思うこと。それは、インフラの強さである。といっても道路設備などが整っているとか言うことではない。

家のつくりが頑健なのである。しかもコンクリートだ。ブロック作りの家もあるが、そのブロック自体が本土のモノとは違って密度が高い。重くて、くぎが打ち込めないほど、頑丈だ。

本土の建売ならば、基礎を流し込む型枠工事において、幅20センチ程度の土台を作っていく。沖縄は、その場合以上ある。良心的な大工に言わせると「風速70メートル耐ええるにはそれぐらい必要なのだ」とか。

沖縄にやってくる大型台風が、その勢力を維持したまま本土に上陸したら、間違いなく大量の家屋倒壊が発生するだろう。日本が亜熱帯化している以上、家の作り方も沖縄スタイルを取り入れていくべきかもしれない。

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2014年05月30日

飢餓クジラの座礁に思う

人間の活動が、クジラすらも飢餓に追いやろうとしている。

地球の循環システムがぶっ壊れている。

5月だというのに、北海道を真夏日が急襲するなど、日本は温帯地域ではなくなってきた。

にもかかわらず、大事なことに目を背けて、国家間競争に明け暮れている。

そんな人間たちには、もはや天罰必須だろう。

でなければ、飢餓クジラたちは浮かばれないではないか。


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2014年03月25日

消費増税直前の駆け込み購入を煽るバカ

あなたは買いだめしましたか、これからしますか?

それとも、買いだめをしませんか?

ということでオイラは一切、買いだめ、先買いを行っていない。マンションや車など高額商品を買う必要があるならば、3%余計に払うよりは今のうち、という気になるだろうが、日常の暮らしにおいては、いつも通りである。なぜそれほど大騒ぎするのか、さっばりワケがわからない。

なのにマスコミはこれでもかこれでもかと増税ネタを叫び、これに呼応して企業は増税直前セール繰り出して消費を煽る。

これに乗せられての群集心理で買いだめに走る消費者たち。まるで、オイルショックのときのような騒ぎに、人間とはこれほどにノせられやすい生き物なのかと、改めて戦慄する。

「8%に増税」の文句に踊らされているが、実質3%アップが、日常の家計にどれほど影響すると言うのだ。たとえば、野菜、卵、生鮮食品などは毎日、それ以上の幅で価格が乱下し、あるいは気候によって跳ね上がる。

あるいはコンビニで買う、スーパーマーケットで買う、安売り店で買う、ネットで買う。同じメーカーの同じ商品すら、すでに多様な値段付けが行われており、たとえば牛乳パック一つをとっても、倍以上の値段の開きになることもある。

賢い消費者たちは、そうした動向を見極めて、自らの家計に応じて、日々の生活を送っているのではないか。たかが3%に、大騒ぎさせているのは誰だ?! しかも、その3%は、本来の趣旨でいえば東北復興支援を支えるためのものではなかったか。

4月に入った途端の消費冷え込みを心配する声がある。当たり前だろう、これだけ購入を煽れば反動も比例して大きくなる。平常通り過ごせば何の問題も起きない。

買いだめした挙句、商品を腐らせる愚を犯させようとしてるのは、競争心に逸るマスコミと企業たちである。こうした風潮は、あらゆる場合に当てはまる。主義主張、事件事故、政治や国際関係ではもっと過激になる。

今回の騒動(?)により、知性欠如の衆愚に陥らないよう、そしてまた、こうした連中が作り出す社会風潮に流されないよう、自分の考えをしっかり持つ必要があることを思い知らされた。

消費税増税を目前に増税前貧乏が続出!? その原因とは?
いよいよ4月1日から消費税が現在の5%から3%アップの8%へ増税されます。人によっては、年間を通して..........≪続きを読む≫
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2014年03月19日

ステレオタイプで判断しないこと

人を、ある特定集団のカテゴリーに押し込めて、ステレオタイプで判断してしまうことがよくある。

黒人とはこーだ、日本人はあーだ。そして、中国人は、韓国人は、アフリカンは、といった具合に、みんなが無意識にやっていることが差別を助長する。

人と出会ったとき、その人が何人であろうと、まずは、彼または彼女の本質をみて、判断すべきだろう。

ついつい我々もやってしまいがちなのが、県民性による性格判断。これもまた、悪気はないものの、誤解をあおってしまうだろう。

ということで、沖縄県民はてーげー(いい加減)で、時間を守らないから困るさ〜、というのも大きな誤解。昨今、ビジネスの場では、みんなきっちりと時間通りであるぞ。

反対に移住した人たちのほうが「沖縄に来たんだからてーげーでいいんだな」とばかり、ルーズなことをやってしまうケースが多い。

実話なんだが、ハローワークで紹介された会社に、ある移住者が面接に行ったとき、彼は作衣をきて、島ぞーりで行ったそうな。いくらなんでもそりゃあないでしょ。面接というのは、真剣勝負だぞ(^^)v

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2014年03月15日

現場を見れば化けの皮が剥がれる

原発事故をどう解決するのかが世界から注目されている日本。東電も現場の劣悪な作業環境をどうにかしないと、みっともないよね。

怪しいあっせん業者に相当の金を抜かれているのが現状で、危険な作業に従事する人たちが、一番ワリを食っている。


東北震災と福島原発の難儀な諸問題を解決したときに、日本は世界に対して威張ってもいいと思うよ。今の段階では、誠意のないだけ、信頼できない、身勝手な国といわれてしまうだけだ。


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2014年03月10日

3.11を忘れない

3.11を忘れてはいけない。福島だけの問題じゃないし、東北だけの問題でもない。これは、日本の問題であり、歴史となる。

国家とか、政府というものは、国民も市民に対して「我が国に貢献せよ」と要求するけれど、本来、国家とは、「国ありき」ではなく「人ありき」の結果でしかない。

人が集まり家族をつくり、家族が増えて村となり、さらに増えて町ができて都市を生み、国となる。その結果が「今」。

「人」をおろそかにしての国はあり得ない。何よりも大切なのは人と人。隣人を尊重すること。

主義主張や利権、経済、人種、民族、宗教などを理由に、隣人を憎んだり殺しあうことではない。

しかし、国家がそういう行動をとる時、市民・国民が、そうなること(殺し合い)を望むからに過ぎない。

過去の歴史も、政治や国家体制のせいにはできない。当時の国民が望んだ因果律がある。このことをしっかりと自覚しておかないと、我々はまた、過ちを犯してしまうだろう。

人を大切にすること。3.11を忘れないこと。隣人を思うこと。これらはすべてつながっている。

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2014年03月01日

サイバー犯罪とセキュリティ

大量のビットコインが行方不明になり、運営会社が潰れるまで追い込まれるなんて、オンライン社会の課題が浮き彫りになったね。

現実の銀行を襲って金を盗んだとしたら、量刑は相当なものとなるだろうが、銀行強盗以上の大金をネットから盗んだ場合、どうるのだろう。既存の法が及ばない事件事故が、今後益々多発するのは間違いないとしても、サイバー犯罪の犯人たちを見つけるのは至難の業だろうね。

オンラインセキュリティの強化と、それを破る者たちのいたちごっこが、当分のあいだ続いていくだろう。


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2014年02月24日

コミュニティブランドという概念

コミュニティブランドは、これからの消費を考える上で大きなキーワードになる。

モノと情報に飢えていた世代が作り上げた消費社会は、モノと情報があふれかえる社会では受け入れられない。

そうした状況下、飢えを知らない人たち、常に満腹感をかかえている人たちに、物を得ることで感動する消費をどうやって提供できるのか。

その答えが、コミュニティにあると指摘するのはビームスの設楽代表。

言い方を変えれば、自社の商品のファンが集い、交流し、楽しむ場所(コミュニティ)を作れないブランドは生き残れないことになる。





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2014年02月21日

フェイスブックは住民票

SNSが、プライベートから「公道」となった証拠。航空チケットが買えるならば、何でも出来るってことだからさ。

国民背番号制など、国民を管理したい政府にとってもフェイスブックは非常に便利だわい。

選挙の投票も、フェイスブックで可能となる。投票率低下を嘆くけど、いまやインターネットのなかこそがリアルな社会になっているのでは?

空間と時間を飛び越えたネット社会こそがリアルな現実となり、時間の壁、空間の壁に阻まれてしまうアナログ社会が、ニセモノ扱いされそうだ。



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2014年02月20日

何気ない一言が恐怖に変わらないために

罪のない噂話、という時代は終わった。

インターネット社会は、現実世界よりも厳格に、モノゴトの真偽が問われることになりそうだ。

悪気のない、ちょっとしたジョーク。
あるいは、勘違い。悪意のないミステーク
それとも、誰かを陥れるための策略。

いずれにしてもSNSは恐ろしい速さで、それらを伝搬してしまう。真偽はどうでもよい。一度、情報の波に乗せられたら、生涯、その情報はネット世界を幽霊のように漂うのだ。

かつて、やっかみによる悪意の中傷にさらされた経験を持つオイラとしては、デマを見破る研究が進んでいることを歓迎しつつも、世の中の1人ひとりが、厳格で厳しい監視下におかれる未来社会がやってきたことを実感する。

「嘘を言うな社会」は、人間の、どうしようもない、かつ、愛しい本能を殺す究極のコントロール社会だ。

これからは、アナログで暮らせることが最高のぜいたくとなるだろうね。

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2014年02月18日

東京には原発が必要だ!?

東京の電力が、どこで、どー作られているか、今では多くの人が知っているのだが、都民があまり知らない時に作られていた映画が、こちら。役所広司さん演じる都知事が都内に原発を作ろうとしたことから発生するパニックムービーだ。

東京に原発が必要ということは、先の都知事選で明らかになっている。
ならば本気で、東京に原発を誘致してみては?
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2014年02月08日

東京の大雪でーじなとん

ちょっと、ちょっと、本土は大変なことになってるね。

明日は大丈夫かな。都知事選だよね。沖縄に住む身としては、関係ないといえば関係ないんだろうけど、16年前の大雪の時は東京で暮らしていたからさ。車が雪に埋まって動かなかっただけでなく、滑って、よその車にぶつけてしまったさー。

沖縄にいると、本土のできごとに鈍感になってしまうけど、早く、雪がやんでくれるといいね。寒さもひとしおだよね。中国からの観光客もびっくりだね。

といいつつ、オイラは今日、シャツ一枚だけで上着も着ずに過ごしている。ちょっと申し訳ない気分(-_-;)

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2014年02月05日

ホントの美人は健康で長持ち

ぶっちゃけ、太ももが隙間だらけの足なんて、全然魅力がない。最近は、細い足が取りざたされているけれど、言い方を変えれば子供足だ。

ちゃんと張りがって、筋肉がしっかりついてて、メリハリのある足の方が美しいと思うのは、おいらだけ? できたら年も、自然に重ねて行ってほしい。テレビで、かつてのスターたちが、アレコレ顔を弄って誤魔化して、不自然なほど張りのある顔立ちは、気持ち悪いねん。ふつーにシワがあるほうが年相応で綺麗じゃないかい?

ともかく、若い時期は、運動してしっかり食べておかないと、30代になるとヨレヨレさ〜。骨もカスカスになってしまって、更年期が来る頃には、ボキボキ折れてしまうぞ。しかも、栄養が足りないやつは認知症へまっしぐら。、

健康美人が一番なのじゃ。

なのに、太ももに隙間を作る下着とかも開発されたとか。
アホとしか思えん。




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2013年11月16日

フィリピンの災難は明日の日本

未曾有の台風災害に遭ってしまったフィリピン。気候が不安定化している地球を象徴する大惨事となった。

フィリピンの災難を、他人事として眺めている国もあれば、地球家族の一員として大規模支援活動に乗り出している国もある。

国によって温度差はあるにしても、各国、出来る限りの支援をすべきだろう。この台風は、自然の脅威であるとともに、人災でもある。我々の生産活動が、地球環境に多大な影響を引き起こした結果ともいえるからだ。

日本でも、これまでは沖縄近辺に出没していた大型台風が本土を襲うようになっている。特に今年は顕著だったが、この傾向は今後さらに増えていくだろう。

その結果何が起きるか。

フィリピンと同じ状況である。

沖縄の人間は、それを痛切に感じている。

現在、沖縄の住宅は頑健に作られている。ほとんどがコンクート住宅だ。型ワクもしっかりしており、流し込まれるコンクリートは本土の建売住宅の倍はあろうかと思われる。

風速50メートル。瞬間風速70メートルに堪える家づくりが、沖縄の基本となっている。

一方、本土。新幹線や電車の窓から眺める日本の住宅は、いかにチャチである。がっしりとした日本建築はまだよいとしても、バラックに毛の生えた程度の小さな住宅が、アリの巣状態で林立する様は、沖縄の台風を経験している身からすると、非常に怖い。

しかも、今後は、そのような大型台風が本土の家々を襲いだす。

たぶん、毎年のように被害がでるのではないだろうか。早急に、住宅対策が必要だ。頑健な住宅に建て替えるか、それらをまとめた強固な集合住宅を作るか。いずれにしても、ハード設備の増強が必須だと思われる。

沖縄に住む身として、そのことを痛切に感じている。

何気ない日常が、明日も続くと思ったら大間違いだ。今日を大切にするためにも、気候変動に備えた街づくりを早急に行ってほしい。

隣の国との領土問題、歴史認識、その他もろもろで、国同士いがみ合っている場合では無い。
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