2015年06月12日

Googleが実現する未来社会

Googleは、人類の歴史の新たなページを、自らの手で生み出そうとしているようだ。

高度なIT社会では、国も国境も、政治家すらも不要になるだろう。それなのに、権益争いに明け暮れているのが、旧国家主義の皆さんだ。


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2015年05月28日

大腸がんで逝った人

昨年、友人を失った。大腸がんのステージ3だった。宣告を受けて2年間、抗癌剤に放射線治療、彼は必至で頑張った。家族との思い出を作るために。

彼は、毎年、健康診断を受けていた。大腸がんが発見される一か月前にも、済ませたばかりだった。

彼の年齢は、確か53歳。

シニカルな偽悪家で、一筋縄ではいかない人だったが、友人は多かった。彼の葬式には1500名もの人が参列した。彼の残したものなかに、一冊の本がある。

ホテル屋として生きてきた人生を通してみたものを綴った本だ。

哀愁のB級ホテル
オイラは、この本の編集責任者として、発行に至る手伝いをさせていただいた。基地の街で生きてきた、1人のウチナーンチュの本音が浮き彫りにされているはずだ。彼の名を宮城悟という。

奇しくも、今井さんが主演するはずった「THE WINDS OF GOD JAPAN TOUR 2015」の最終公演が、宮城さんの生きてきた街コザ(沖縄市)で5月31日、最終日を迎える。

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2015年05月17日

所詮は立って半畳、寝て一畳

下らぬ虚栄心を捨ててしまえば、人間として、一番楽な生き方かもしれない。

経済とは、金を使わせる仕組みだから、金を使わない仕組みに世界を切り替えてしまえば、経済とやらに振り回されることもない。

簡単に言うと、今やすべてが金に置き換えられているから、金がないと我々は即座に死んでしまうんだが、物々交換の原始的なシステムならば、一人一芸で生きていけるのさ。


しかも、今や、インターネットが、これを可能にしてくれている。今までの価値観で、物事を考えちゃだめだよね。
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2015年05月02日

経済効率を優先させるETC政策で損する人

首都高速を利用する車は、ETCをつけるべし! とのお達しが、国交省より出されそうである。

産経新聞の記事によると、ETC非搭載車はETC搭載車と比べ、料金徴収コストが5倍になるそうだ。

現在、首都高の通行車両のうち、9割がETCを搭載しているそうだが、残る1割に対するコストが半端ないというわけらしい。

さて沖縄。

自動車道を通行していると、オイラが個人的に思うのは、ETC非搭載車が断然多い、ということである。朝夕の通勤タイムだと、ETC搭載が増えてくるものの、基本的にはアナログ好きな沖縄なのである。

本来、ETC搭載車のほうが料金的にお得なのだが、たぶんに沖縄では、クレジット決済というハードルを越えられない人が多いため、費搭載率が高くなっているような気がする。

ちなみに国内保有台数割合で行くと、ETC搭載率は5〜6割だとか。多分、その多くが、必要ないと思っている人、領収書が必要な人、そして、カード決済ができない人なのだろう。

つまり、その中には経済的弱者が存在する。

なんでもかんでも効率化という政策を進めていく国は、弱者の姿は見えないお上目線となり、強者のみを優先する競争社会の出来上がりとなる。


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2015年04月23日

何やらきな臭いFC2経営者逮捕劇

FC2には、かつてお世話になりましたな、ブログシステムをHP代わりにデザイン自由に使える最初の無料サービスだったのではないだろうか。

推定ユーザー1千万人といわれるほど巨大化したにもかかわらず、その経営母体はイマイチ不明瞭。たしかアメリカの企業と言われていたのに、実は日本人が経営していたらしい。

経営母体がはっきり見えないながら、相当の収益を得ていたのではないかと思われるなかでの、ほんまかいな!?的な今回の摘発。何やら、裏がありそうな気がするぞ。



いまは大手から色んなサービスが出てきて、全く知識がない人でも、きれいでオシャレなホームページを作れるようになった。一人親方やメイカーズ系、小規模事業者などは、そっちに流れ出している。

知識がないとちょっと使いずらいFC2は敬遠されだしていると思うのだけど、先鞭をつけたのは間違いない。このサイトが無かったならば、国がお墨付きをつけたJIMDOのような無料サービスは生まれなかったかもしれない。

「FC2」と呼ばれる謎の会社まとめ

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2015年04月04日

痩せすぎちゃって困るの〜

フランスは、法律で規制しなければならないほど、痩せすぎが切実な問題になっているようだ。日本もこれに近いものがあるかもしれない。

一般的に男は、(服を着ているときに)見た目のいい女性に対する評価が高い。その条件は、ほっそりとした手足だろう。これが、日本ならではのカワイイ文化やアニメチックなお子様キャラと相まって、女性たちは、男の求めに応じて、自身を変えようとする。


しかし美の世界基準は細さではなく、セクシーさにある。言い換えればメリハリのある健康的な肉体だ。薄い胸、扁平な尻は、貧相に通ずるだけでなく、草食系云々で分かるように生物として元気な子孫を残して行けるかどうか、甚だ疑問である。

第一、成長期にしっかりと栄養を取り、適度に運動して、健康な体を作っておかないと、過酷な中高年期を生き延びられない。人類の未来を考えれば、フランス政府の勇気ある英断は、正しいのかもしれない。

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2015年03月22日

ロック解除義務化追い風に格安SIM実質値下げ 

スマホやタブレットなどのデータ通信が、やっと、値下げになる。大歓迎だ。第一、超ボリ過ぎだったではないか。

いまやモバイル機器は一人に一台の社会インフラである。家族が4人いれば、月4万円近くの費用がかかる。これをと〜ちゃんの給料から賄うなんて、土台無理。でも、必需品だから食費を削っても、維持しなければならない。

某公立高校でのことなんだが、月々何百円かの学級費も払えない、という生活保護世帯の子どもたちが10数人居るんだが、その全員が、スマホを持っていたって知ってるかい?

生活が困窮していてもスマホは必須らしいよ、子どもたちにとってはね。なのに、通信費が毎月最低でも5〜6千円。ちょっと油断すれば1万円超え。

どーみても高いだろ、これって。

いまやモバイル機器は、我々、とくに未来のあるこれからの人間たちが健全な生活を送るための必須インフラだ。それにふさわしい使用環境があってしかるべしなのだ。


やっとのSIMフリー解除は歓迎なのだが、
その間に通信各社は相当儲けたはず。
良かったね。


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2015年02月27日

残虐な十代を産みだしたのは誰か

恐るべき10代というべきか、こうした事件は、実は見えないだけで、多数発生しているのではないだろうか。

今回の事件が起きた場所よりも、危険な街はいくらでもある。家出の形で処理された行方不明、失踪のなかに、人身売買や殺人の被害者になっているケースが、無いとはいえないはず。

なぜならば、未成年は、大人が導くべき存在ではなく、大人のカモになっている。

総体としての日本社会は、未成年の子供たちを育てる義務を怠り、性産業やオレオレ詐欺などの犯罪に利用することで利益を得ている。

経済優先で、未来の見えない日本社会。
そのなかで育つ未成熟な魂は喰いものになる。

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2015年02月10日

風呂禁、プール禁どうしよう

かつては、とび職や大工など、職人たちの粋を表現する手段でもあった刺青。

いつのまにかヤクザの代名詞とされ、入れ墨のある人は浴場、プールなど、裸を晒す公衆の場で御法度扱いされている。

沖縄、とくに米軍基地近くの街では、米兵を中心にフツーに見られる光景なので、まったく気にならない。

入れ墨を、西洋式にタトゥーと呼ぶようになって、その筋ではない人たち、特に若い人達が気軽に入れるようになった。タトゥーショップも増えている。


入れ墨含めて身体を飾ったり加工したりする風習は、多かれ少なかれ世界各地の民族に見られる。いわば一種の文化。それらを一律に公衆の場で見せるな、という禁止措置は難しいのではないか。

多様社会となった現代では認めざるを得ないのかもしれない。

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2014年11月06日

キャバクラも愛人のお手当もみ〜んな国の金で

日刊ゲンダイのWeb記事「“SM大臣”が霞む…安倍首相&麻生大臣「政治資金」放蕩三昧」によると「安倍首相と麻生副首相、政権2トップの政治資金の使い道はそろってデタラメ。目に余る放蕩三昧で、一方はキャバクラ、一方は「元愛人」の店に入り浸っていた。」とある。

詳しくはちら
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/154429/2


政治資金の使い道は厳格に管理されなければならない。いや、政治家に限らず、公務員、NPО団体、企業もすべてだ。そういう時代になったのである。

裏金だの、阿吽の呼吸だの、天の声だの、二重帳簿だのは通用しない。これもまた、インターネットという新しい技術を取り入れた第4の波が起こした側面に過ぎない。

個人的経験から言わしてもらえば、行政の支援を受けて取り組む公的事業、沖縄では一括交付金という形であるが、この清算は実に厳格だ。厳格すぎて、かかった費用を個人が被ることもある。

例えば交通費。たとえわずかの金額であっても、その交通費を請求するために時間がかかる。スイカなどのカードで支払ってしまったら領収書がないため、報告書をかかねばならない。それが非常に面倒で、というか、書類作りで肝心の仕事が削られていく。

先日は、飛行機代2名分をカードで立替払いしたところ、出張該当者が搭乗券を無くしてしまったため、出張に行った事実、カードで支払った事実はあるのに、該当者がその飛行機に乗った事実の裏付けがないため、数万円分の航空券代は返してもらえないことになった。

もちろん、航空会社に交渉して、確たる証拠を集めるのは可能。しかし。そんなことをしている暇はない。面倒くさいので、自腹にしてしまった。

こんなことをばらしてしまったのは、公的な金がどれほど厳格に管理されているかを、知ってほしいからだ。世間では、沖縄の一括交付金を「基地と引き換えの美味しい予算」とみなしているだろうが、その管理は、10円単位できっちりと清算されているのだ。

ただ、旅行会社に依頼してチケット購入という「今時バカ?」と言われる正規航空運賃で清算し、紙の領収書をいただくと文句を言われない。しかし民間の感覚で言うとこれはヘンだ。公的なお金は大事に、節約して使うべきではないのか? 

政党活動に必要な情報収集、意見交換を行う中で、関係者に応じてさまざまなシチュエーションが必要だった」などが通用するわけがない。公的事業を遂行する上で、たとえ、そのようなシーン(情報交換・意見交換・打ち合せ)が発生したとしても、常に、自己負担なのである。高級クラブや寿司店、キャバクラなんてとんでもない、ファーストフードや居酒屋が限界である。

事業の遂行に必要であっても、事業計画に含まれない部分の費用には、一切流用できない。これが公的な資金を使う上でのゲンダイの常識。国民の金を預かる側の国家が、厳密に管理しているのだ。不正があってはならない。にもかかわらず、国家を運営すべき立場の人間たちの、おどろくべきドンブリ勘定!

国民を指導するリーダーを自負するならば、国民以上に、襟を正すべき。

IT社会は、どのような情報でも管理することができる。膨大なデータを突合せることで、針の穴を通さないほど小さな不正でも、コンピュータが見つけ出すことが可能となった。

国民の自由を許さない管理社会は、政治の不正も許さない。時代が変わったことを、一番自覚していないのは政治家だ。この国に、そのような政治家は必要ないのではないか。いや、国そのものの概念も壊れていくのかもしれない。選挙に行かない市民の増加が、これを裏付けているのかもしれない。
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2014年10月09日

政府が不要になる時代

国境をやすやすと超えていくIT企業の多くは、国家や政府と利害が一致することはない。互いに、相反する存在なのだ。

国家とは、人間に例えれば心臓のようなものだ。一方ネットワークを担うIT企業は、身体の隅々の毛細血管に血液を循環させる血管であろうか。

人間は、心臓が壊れれば即死する。血管は、一撃必殺となる場合もあるが、動脈硬化や高血圧により、じわじわと身体をむしばんでいく。

すなわち緊急性が高いのは、心臓、ということ。

ところがネットワークは、いまや人の暮らしのあらゆる部分とかかわっている。デジタルデバイドが人の生死を左右する世の中だ。政府機能よりも社会のネットワークのほうが大事なのだ。

さらにITが進展すれば、人は、政府にかかわらなくとも生きていけるようになる。ドロップアウトしたホームレスたちのように。

政府は、医療、教育、食料、年金など、人の暮らしを保障する見返りに、人から税金を取り国を経営しているが、ITネットワークの進化により、多くの部分を企業が請け負う形になってきた。

今の時代、政府は、本当に必要なのだろうか。

国民の代表を選ぶという名目の選挙システムも、投票率の低さ、不確かさを思えば、全国民の意見をデータとして吸い上げるネット投票に移行すべきだろう。とはいえ、それを恐れているのは既得権益を話したくない政治家たちだろうが…。

近い将来、IT企業が政府や国家に取って替る可能性は高いのではないか。SFどころか現実に起こりつつあるのではないだろうか。まして、財政破たんでもしようものなら、政府の存在価値はゼロになる。

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2014年09月26日

韓国と沖縄には無反省文化という共通点がある

思うに、沖縄は、都合の悪いことには触れないようにしている。見ないようにしている。無かったことのようにふるまっている。

それでうまくいくなら万事OKなのだが、マイナスに働くことだってある。

沖縄が好きだから、あえて言うのだが、客観的に沖縄を眺めた場合、驚くほど、韓国と似ていることに気づく。

両国ともに、独自王朝を維持してきた民族としてのプライドがありながら、日本に「してやられた」経験を持つ。国がやられるということは、国家消滅だけでなく民族の存亡につながりかねない。言語すらも失いかけるような目にあった民族が、民族としてのコミュニティを維持していくためには、民族独自の文化と、歴史と、価値観を強くアピールすることが求められる。じゃないと、民族そのものが消えていく。

こうした仕組みによって、韓国、沖縄共に、非常に強固なアイデンティティを維持して今に至る。

民族消滅の危機はなぜ起きたのか。日本のせいだ。

すべて日本が悪い。日本に責任がある。我々は被害者だ。だから、我々は何もしなくていいのだ。日本がやるべきだ。日本は、我々の面倒を見る責任がある。


日本は悪で、韓国は善、沖縄も善となる。正義はすべて、我々にあるのだと。

正義である我々は、自らを変える必要は無い。何しろ悪くないのだ、反省する必要も無いのだ。日本がすべて悪いんだから、日本にやらせばよいのだ。

こうした教育の結果が、反省しない民族性につながっていく。
(何で反省する必要がある? 悪いのはあいつらだぞ)

何かが起きる。それは、事件でも事故でもいい、社会的なトラブルでも何でもいい。子供の夜間徘徊だろうが、出来ちゃった婚だろうが、男が働かないことだろうが、それこそ、何でもいい。

要は、不都合が起きた時の対処の仕方だ。たとえば下記のケースにおいて、
当初、どういわれていたかといえば、

先のセマウル号沈没事件、誰が悪いのか。韓国は改善に取り組んでいるのか。
実際は、しっちゃかめっちゃかである。みんなが言い逃れに終始している。
なにしろそれは日本の中古船が悪いのだ。韓国は悪くないのだ。

あるいは韓国の国宝第1号の「南大門」。修復作業で「手抜き」発覚後、
二度と発生しないための対策は取られたのか。大臣更迭だけではないか。
なにしろ、それは日本の材料が悪いのだ。韓国は悪くないのだ。

この結果、失敗⇒反省⇒努力⇒向上⇒成功 の図式が
生まれにくくなる。実は沖縄でも似たような出来事がある。

誰かが飲酒運転で事故を起こして大怪我をしてしまった。
それは大変、うーとーとー(先祖供養)しなかったからだ。
当人は悪くない。だから、反省しなくてもよいのだ。

極端に言ってしまうと、そうなる。

やられた記憶を持つ文化は、悪いことは全て、自分のせいではなく、
誰かのせいにできてしまう仕組みが構築されていく。

一方、やってしまった責めを負わされる国はどうなるかといえば、
それらの国や民族にののしられないよう、金の力で抑え込もうとする。
あるいは、より注意深く、要領よく、結果、サービスの質も向上する。

このように、一つの地域の文化や風習を眺めているだけでも、歴史が、色んな作用を及ぼすことに気づく。そのため、素人考えながらも韓国と沖縄の共通点は、日本にやられた点から派生しているようにも思うのだ。

さて、こういうことを書くと、悪くないのに悪く言うなと、たいてい攻撃される。高い文化力・知力を持っているにもかかわらず「なぜ、そう思われてしまうのだろう」と自己を振り返って考察してみる行動になかなか至らないのが残念だ。
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2014年09月12日

人口減少時代を生きる

「まち・ひと・しごと創生本部」の初会合が9月12日、首相官邸で行われた。

参考記事はこちら
人口減少克服へ「異次元の政策」=創生本部が基本方針−政府

人口急減により、国内約5割の自治体が消滅するという。人が減れば消滅していくのは当たり前。別に、それでいいじゃないか、誰が困るというのだ。

かつて、興隆を極めた栃木県の足尾に行ったことがある。鉱山景気で数万人が暮らしたまちは、閉山と鉱毒タレ流しの公害、そして人口激減。人の数より、シカ、サル、イノシシの天国となっており、当時からすでに「10年もしないで滅びるだろう」と言われた通りになり、いまでは日光市の一部となっている。

足尾町とは

昔から繰り返してきた栄枯盛衰。足尾はその結果に過ぎない。

規模こそ大きいが、日本全土で同じことが起きているだけのこと。

足尾は最盛期の人口が38000人であった。
町村合併される時は、わずか3000人だ。

38000人⇒3000人

若者は仕事を求めて村を出ていく。出ていけないのは、人ではなく自治体という組織だ。税収入が減り、職員も減り、予算も減る。結果、自治体は消滅する。

そうした地方に、新しい人を入れようと政府は言う。どうやって、どこから、新しい人を連れてくるのだ。どこもかしこも人が居なくなっていくというのに。

既存の価値観で考えたら海外から移住してもらうしか方法はない。手っ取り早いのは、人口をたくさん抱える中国からであろうか。

とはいえ中国人だって、なんらかのメリットがない限り、下り坂の地方にはやってこない。

人口減少時代を乗り切るならば、人を、一極集中させるしか方法はない。拡がってしまった居住圏を縮小させ、金のかからないインフラに切り替えていく。

1億の人口が5千万人になるならば、5千万人の器に応じたライフスタイルに作りかえる必要がある。

その結果、心地よい、自然豊かな居住環境が生まれ、我々の暮らしは現在の価値とは別の意味で豊かになる。それは経済至上主義ではないだろう。人類の次なるステージにつながるかもしれない。

荒れる地球環境。自然界からのしっぺ返し。
これらを軌道修正するチャンスでもある。

我々は政府をあてにしすぎている。病気になったら面倒を見てもらいたい、年を取ったら介護してもらいたい、年金は少しでも多く欲しい、でも、国民の義務は果たしたくない。

人も所詮、自然の一部。時という流れの中で、死にゆくだけ。行き倒れだろうが、丁重に看取られようがどうでもよいことではないか。今日を精一杯生き抜くことで、よりよく死んでいく。ただそれだけだ。

町や村が消えていくのも、そうした流れの中では、ごく自然なことである。
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2014年09月01日

取るに足りないヘイトな嫌韓デモ

仏フィガロ紙記者、在日フランス商工会議所機関誌フランス・ジャポン・エコー編集長などを務めるレジス・アルノーさんが、嫌韓デモの行われている新大久保を取材した記事を書いている。

嫌韓デモの数百人の参加者は自らを愛国者だと考えているのだろうが、実際は日本の力をそいでいるに等しい。憎しみをまき散らすデモ隊の存在を許すのは日本の恥だ。
というアルノーさんだったが、実際の現場を見て、日本の民主主義が健全に機能しているシーンに感動を覚えたらしい。

私は不安を胸に家を出たと書いたが、帰宅したとき、私の心は喜びに満ちていた。在日の人々は決して嫌韓デモの挑発に乗らない。だからこそ約2500人の日本人が彼らを守るために自発的に集まり、嫌韓デモに反対するデモを行っている。また、警察は嫌韓デモ隊が新大久保の中心部に入ることを許さなかった。彼らは自らの任務を果たし、私にはジャーナリストの仕事をすることを許した。
くわしくこちら
http://www.newsweekjapan.jp/column/tokyoeye/2013/08/post-715.php

人のバックボーンはいろいろだ。日本人だろうが韓国人だろうが、ステレオタイプに落とし込むべきではない。人の出自を差別の対象にすることは、自らの浅はかさの証明に過ぎない。

かつて日本人は、「関東大震災」時のデマに乗って、罪のない人々(朝鮮人)を虐殺した。国としても非常に恥ずかしい事件であった。温故知新。日本人は、決して、このことを忘れてはいけない。

ヘイトデモに価値を見出す人々には、人間の醜さしか感じない。彼らは、表現の自由を盾にとり他者の尊厳を貶めることに、本当に、意義を感じているのだろうか。自らの人生の精神的貧しさの穴埋めではないのか。

ヘイトデモだけでなく、職場や学校、近隣の付き合いなど暮らしの場において、他者を悪しざまに言い、欠点ばかりを見て文句を言う人たちは、ある程度の割合で存在する。しかし、間違いなく、そのような人には人間的魅力が無い。

貧しかろうが裕福だろうが、自身の生き方に満足し、一生懸命努力している人は、他者を貶めない。
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2014年08月25日

土地の包容力を超えると災いが起きる

もしかしたら、被害にあわれた方の多くは、その土地の成り立ちを知らなかったのではないか。

新興住宅地というものは、新住民と旧住民の交流が薄く、情報もいきわたらないものだ。

かつて、その土地はどういう形状だったのか。
どういう土質で、大雨のときはどうなっていたのか。
過去、どんな自然災害が発生していたのか。

本来、土地を買う時、家を建てる時、建売を購入する時にしても、天気の良い日に行くのではなく、雨が降った日も確認し、平日と休日の違い、日中と夜間の環境変化など、様々な角度で検証すべきである。


慎重を期する人ならば、周辺に住む昔ながらの住人に話をきくはず。いったん、環境が壊れると人生取り返しがつかなくなるのだから、慎重すぎて損することない。

しかし、後から環境が悪くなってしまう場合も多い。オイラ自身、正直、危惧することが一つある。住む予定の地域は、周辺の高い地域に雑木林を抱えていたのだが再開発の名目で道路が作られ、土地が開発され、街になった。アパート、マンションがどんどん作られ、ファーストフード店、スーパーマーケット、コンビニ、銀行、郵便局などが林立する場所となった。これにより、雨水が染み込む土が、見えなくなった。

高い土地が街となり、全部コンクリートで埋められたということは、大雨になればそこに降った雨は低い土地になだれ込んでくる。土地の保水能力を超えるのは確実だ。

以前にも、別の地域で同じケースによる床上浸水の経験がある。沖縄はどんどん開発が進んでおり、街から、土が無くなっている。自然災害に強い島とはいえ、自然の包容力を超える開発は、島に災いを招く。


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2014年08月21日

日本の体質が子どものいじめ自殺を煽る

学校には、苛める子供と、苛められる子供と、あとは体制になびく子供たちが居て、大人社会と何ら変わらないんだけど、大人社会と違うのは、保護する存在があるってこと。親である。

親は、子供をしっかりと見守っていかなければならない。万が一子供が、苛められていることを隠していたとしても、その変化を見破る力を持っていてほしい。

そして万一、我が子が苛めにあっている証言なりが取れたら、学校から子供を奪い返そう。「義務教育だから」「将来損をするから」学校に行かなきゃならないなんて思い込むほうがおかしいのさ。

対処できない学校なんか捨ててればよい。通販教育、フリースクール、山村留学、子供がのびのびと成長できる場が、今の日本にはたくさんあるのだ。金があれば、思い切って海外留学もよい。知人の子供は、中学生になってイギリス留学させたら、引っ込み思案から、活き活き活発な子供になって戻ってきたさ。


実際、我が家も小学生1年の時「ご飯を食べるのが遅いから、他の子に迷惑をかける。なんとかしてくれ」と担任に文句を言われた時は、こっちが切れてしまって「迷惑でしょうから、明日からは行かせません」と反論したこともあるさ。本気で「学校なんか行かなくてもいい」と思った出来事だった。あまりにもしょうもないことで先生がクレームをつけてくるのだ。

遅いから迷惑。ではなくて、早い子、遅い子、それぞれ違うのだから、たかが小学生に連帯責任を負わせるやり方が気に入らなかったわけです、はい。最後の子供が食べ終わるまで、クラス全員が待つ、そのために、昼休みが無くなる、というやり方だったわけさ。一人っ子でどんくさい子は、他の子に睨まれてますます焦るというわけ。

行き過ぎた介入によるモンスターペアレント化は子どもたちの健全な発育の妨害者でダメだと思うけど、1人の行動に全体責任をおわすやり方は良くないさ。要領が悪い子供はどうしてもはみ出てしまい、結果、苛めの対象になりがちなのだ。

こうした姿勢が、苛めによる自殺を煽る体質となっているのではないかと、思っとります、はい。
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2014年08月18日

日常化する自然災害

毎年のように繰り返される台風や豪雨、竜巻などによる自然災害。

自然界の反乱はもはや特別なことではなくて、日常の一部となってきた。災害による家屋倒壊や床上浸水などの被害を受けた地域や人は、いまやロシアンルーレットの当りであり「運が悪かった」人たち扱いされている。

自分の家でなくて良かったね。
うちの村でなくて良かったね。

さて、沖縄に居て思うこと。それは、インフラの強さである。といっても道路設備などが整っているとか言うことではない。

家のつくりが頑健なのである。しかもコンクリートだ。ブロック作りの家もあるが、そのブロック自体が本土のモノとは違って密度が高い。重くて、くぎが打ち込めないほど、頑丈だ。

本土の建売ならば、基礎を流し込む型枠工事において、幅20センチ程度の土台を作っていく。沖縄は、その場合以上ある。良心的な大工に言わせると「風速70メートル耐ええるにはそれぐらい必要なのだ」とか。

沖縄にやってくる大型台風が、その勢力を維持したまま本土に上陸したら、間違いなく大量の家屋倒壊が発生するだろう。日本が亜熱帯化している以上、家の作り方も沖縄スタイルを取り入れていくべきかもしれない。

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2014年05月30日

飢餓クジラの座礁に思う

人間の活動が、クジラすらも飢餓に追いやろうとしている。

地球の循環システムがぶっ壊れている。

5月だというのに、北海道を真夏日が急襲するなど、日本は温帯地域ではなくなってきた。

にもかかわらず、大事なことに目を背けて、国家間競争に明け暮れている。

そんな人間たちには、もはや天罰必須だろう。

でなければ、飢餓クジラたちは浮かばれないではないか。


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2014年03月25日

消費増税直前の駆け込み購入を煽るバカ

あなたは買いだめしましたか、これからしますか?

それとも、買いだめをしませんか?

ということでオイラは一切、買いだめ、先買いを行っていない。マンションや車など高額商品を買う必要があるならば、3%余計に払うよりは今のうち、という気になるだろうが、日常の暮らしにおいては、いつも通りである。なぜそれほど大騒ぎするのか、さっばりワケがわからない。

なのにマスコミはこれでもかこれでもかと増税ネタを叫び、これに呼応して企業は増税直前セール繰り出して消費を煽る。

これに乗せられての群集心理で買いだめに走る消費者たち。まるで、オイルショックのときのような騒ぎに、人間とはこれほどにノせられやすい生き物なのかと、改めて戦慄する。

「8%に増税」の文句に踊らされているが、実質3%アップが、日常の家計にどれほど影響すると言うのだ。たとえば、野菜、卵、生鮮食品などは毎日、それ以上の幅で価格が乱下し、あるいは気候によって跳ね上がる。

あるいはコンビニで買う、スーパーマーケットで買う、安売り店で買う、ネットで買う。同じメーカーの同じ商品すら、すでに多様な値段付けが行われており、たとえば牛乳パック一つをとっても、倍以上の値段の開きになることもある。

賢い消費者たちは、そうした動向を見極めて、自らの家計に応じて、日々の生活を送っているのではないか。たかが3%に、大騒ぎさせているのは誰だ?! しかも、その3%は、本来の趣旨でいえば東北復興支援を支えるためのものではなかったか。

4月に入った途端の消費冷え込みを心配する声がある。当たり前だろう、これだけ購入を煽れば反動も比例して大きくなる。平常通り過ごせば何の問題も起きない。

買いだめした挙句、商品を腐らせる愚を犯させようとしてるのは、競争心に逸るマスコミと企業たちである。こうした風潮は、あらゆる場合に当てはまる。主義主張、事件事故、政治や国際関係ではもっと過激になる。

今回の騒動(?)により、知性欠如の衆愚に陥らないよう、そしてまた、こうした連中が作り出す社会風潮に流されないよう、自分の考えをしっかり持つ必要があることを思い知らされた。

消費税増税を目前に増税前貧乏が続出!? その原因とは?
いよいよ4月1日から消費税が現在の5%から3%アップの8%へ増税されます。人によっては、年間を通して..........≪続きを読む≫
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2014年03月19日

ステレオタイプで判断しないこと

人を、ある特定集団のカテゴリーに押し込めて、ステレオタイプで判断してしまうことがよくある。

黒人とはこーだ、日本人はあーだ。そして、中国人は、韓国人は、アフリカンは、といった具合に、みんなが無意識にやっていることが差別を助長する。

人と出会ったとき、その人が何人であろうと、まずは、彼または彼女の本質をみて、判断すべきだろう。

ついつい我々もやってしまいがちなのが、県民性による性格判断。これもまた、悪気はないものの、誤解をあおってしまうだろう。

ということで、沖縄県民はてーげー(いい加減)で、時間を守らないから困るさ〜、というのも大きな誤解。昨今、ビジネスの場では、みんなきっちりと時間通りであるぞ。

反対に移住した人たちのほうが「沖縄に来たんだからてーげーでいいんだな」とばかり、ルーズなことをやってしまうケースが多い。

実話なんだが、ハローワークで紹介された会社に、ある移住者が面接に行ったとき、彼は作衣をきて、島ぞーりで行ったそうな。いくらなんでもそりゃあないでしょ。面接というのは、真剣勝負だぞ(^^)v

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